11/25(日)ステージ1:キングジョージ島

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雪の上を走る夢を見た。調子は良さそうだ。5時ごろ起きて窓の外を見ると2日ぶりの陸地キングジョージ島が見える。キングジョージ島は事前に調べた感じだと雪は少なくレースも土や石の上を走る感じかと思っていたが雪で真っ白になっている。朝食の後で胃薬(タケプロン30)を飲んでおく。予定通りならば今日は12時間で100km近く走ることになるため胃のダメージに弱い自分にとってはいきなりの正念場。今日をうまく乗り切れば残りはそこまで長時間走る日はないはずなので胃薬を使うのは今日だけだろう。ラウンジに集合してブリーフィングと装備の計量。自分の荷物は水1.5リットルを入れて5kg。「軽い!」と言われるが何事もなくパス。あまりに軽いと指定装備を満たしているか確認されるのだが、スタッフの持っているチェックシートを覗き込んでも最軽量の部類なのに確認されなかった。速い選手と認識されていると軽くて当然という感じなのだろうか。
 
上陸するための小型船ゾディアックに乗るためデッキに下りる。ゾディアックはラフトボートにエンジンを付けたような船だ。南極に上陸するときと船に帰ってくるときはレンタルされた長靴を履き毎回消毒液に浸けてブラシでこすることになっている。南極によその植物や土を持ち込まないためと、帰ってくるときは衛生面だろうか?または同じ南極でも別の場所の土が移動するようなことがあってはいけないのかもしれない。ゾディアックにはビブ番号順に10人くらいずつ乗って行くが3便目くらいから準備ができた順に適当に乗り込んでいった。自分、美絵さん、ひろっち(佐藤くん)、村上さん夫妻が同じゾディアックに乗って行く。
 
上陸すると地面が見えている場所も一部あるものの一面雪。南極らしい景色だが全部雪だと100kmも走るのは大変そうだ。曇り空だが気温はマイナス2℃とあまり寒くない。昼になれば0℃以上になり雪が緩んでくるだろう。軽く走ってみると表面は固く締まっていて走りやすいがクラストなので表面を踏み抜くとズボッと埋まる。上陸時にはレースで背負うザックの他に防水バッグを持って行き、その中に大会側から指定された荷物の他に予備の装備を入れておくことができる。基本的にスタートしてしまったらフィニッシュするまで防水バッグへの荷物の出し入れはできなくなるが、少し余分にウェアなどを入れて上陸し現場の様子を見て多少の装備の入れ替えをすることができる。今日は特別ルールで13時から14時がランチの時間になっていて、その間は防水バッグにアクセスすることができスタッフにお湯をもらうことができる。そのためカップラーメンを用意している選手もいたが、ランチの間もレースの時間は動いたままのため私はランチはせずに持っている荷物のみで最後まで走ることにしている。
 
ウェアはファイントラックメッシュのアンダーウェア、少し厚手のロングスリーブ(キャプリーン3)、ゴアテックスレインウェアの3枚を着て走ることにした。体が温まったらレインウェアは袖をまくったり脱いだりして調節する。シューズはトレイルランニング用の軽量シューズ(Salomon Speedcross3 26.5cm)、靴下はメッシュソックスと薄手の防水ソックス(SealSkinz Water Proof Socks)。シューズは軽量シューズの他にゴアテックスの安定性重視のものを持ってきている(シングルトラック 2 GTX XCR 27.5cm)。今日は雪が少ないキングジョージ島で時間が長いため防寒には弱いが軽いシューズを選択。思ったよりもしっかり雪があるのでどうかなと思うが明日以降は南下しながらレースをおこない雪が多くなっていくことが予想されるため軽量シューズを使うとすれば今日しかないだろう。
 
準備も整い8時20分レーススタート。まずは先頭集団へ。今日の作戦は突っ込み気味。南極レースは必ず走らなければいけない距離が決まってなく、制限時間内にどのくらい走れたかで順位が決まるためリスクを取りやすい。今日のレースは12時間・100kmと大会側の情報が出ているが、1位の選手を想定した目安である。あらかじめ調べておいた自分の順当なポジションは6番手くらい。南極レースは4Desertsシリーズの砂漠レースを2レース以上走っていないと出場できないため調べれば各選手の実力がだいたいわかってしまうのだ。しかし自分は暑さに弱い傾向があるため、寒い南極のレースでは他のレースでやや力が上の選手と互角に走れる可能性が高い。今回の出場者だと4Desertsシリーズ全て優勝で来ているビンセントは圧倒的な実力を持っているが、2位以降8位くらいまでは接戦になることが予想される。この2位集団の中から少しでも上に抜け出し3位以内で表彰台が目標だ。順当なポジションが6番手といって普通にやったら勝負せずに順当な順位になってしまう。
 
スタートして少ししたところでペンギンがお腹で滑ってすぐ横を通り過ぎていって驚いた。写真撮りたいとも思ったがスタートしてすぐに出会うくらいだから、この先また出会うだろう。最初は予想通り6~7人の集団で進む。予想外なのはビンセントがおとなしく集団の中で走っていること。少しずつ集団はばらけて行きビンセントと女子トップのアン・マリーが第一集団。アンナ・マリーは女性ではあるが過去のレースでは男性の上位と遜色ない走りをしている実力者で性別どうこういうレベルではない。それにしても脚力は私とそう変わらないはずなのにビンセントと一緒に行ってしまうとは相当攻めているなと感じた。女子優勝で満足する気はないということだろう。そして3位で自分ともう一人の選手が並走する。すると「美しい景色だね」と日本語で話しかけてきた。この選手は荒井くんに聞いていた日本に住んでいるオリビエという選手だと気付く。去年のサハラレースで4位だった実力者。入賞を狙うなら彼と互角に走らなければいけないと緊張が走る。オリビエも当然入賞を狙っているだろうからこちらをライバルと認識したはず。
 
今日のコースは1周14kmで中間くらいにスタート・ゴールとなるベースキャンプがある。1周といってもループになっているわけではなく1本の道の両端で折り返すようになっている。ベースキャンプのそばにある基地はロシアのベリングスハウゼン基地、一方の折り返しにある基地はウルグアイのアルティガス基地だ。もう一方の折り返し地点は基地ではないが近くにチリや中国の基地もあるため、それぞれの基地を結ぶように雪上車が走った跡があり一部を除き道のようになっている。スタートから見て前半のループになるウルグアイ基地側はアップダウンがあるものの雪上車の走行跡がしっかりしていて走りやすい。もう一方の後半のループは手つかずの雪原や、一度道が作られてから雪壁が崩れて埋まってしまったような通行難易度の高い場所もある。どこまでも続く雪原と緩やかなアップダウンは「確かに南極も砂漠の一種だ」と思えるものだ。「いつかは走りたい」と思っていた夢舞台に実際に立っていることが気持ちいい。
 
選手たち(特に上位10人くらい)は折り返しで自分の順位や後ろとの差を確認することができる。1位は当然のようにビンセントが余裕の走り。続いてアンナ・マリーがやってくるが息づかいも荒く「その走りで12時間行くつもりなのか?」と驚く攻めっぷり。3番手の自分とオリビエよりもかなり先行しているが、それでもやっぱり脚力はそんなに違わないとしか思えない。
 
3周目にオリビエが遅れ始める。自分も「このまま12時間行けるとは思えないなあ」と感じ始めているものの調子はいいし行けるだけ行ってしまおうと決めた。これは南極レースのルール「時間内にどこまで走れたか」だから取れる作戦である。「時間内にどこまで走れたか」とは制限時間が来たらそこまでの距離が成績になるのではなく、終了時間を過ぎると次の周回に入れなくなるため、終了時間の少し前に次の周回に入れたのとわずかに越えて終了した人では1周分の距離差がついてしまう。そのためわずかでも前に出ておくことが重要で、実力の近い選手が遅れたというのは差を付ける絶好のチャンスなのである。
 
たんだん晴れて景色がさらに素晴らしくなってきた。時々サングラスの隙間から景色を見ると、雪の白さ、空の透き通るような青、海の深い青のコントラストが別世界を作り出している。コース上の水たまりの水が緑と青の中間色のような不思議な色をしている。ロシア基地のそばには飛行場があり巨大な貨物機が飛び立っていった。しかし気持ち良すぎる景色と反対に走っているコースは困った状態に変化しつつあった。スタート時はクラストだった雪面が緩むことは予想していたものの49人のランナーが往復で走っているため雪が踏み固められてしっかりとした道ができてくるだろうと思っていたのだが雪が耕されて走りにくくなる一方。埋まってしまい走れない場所が増えてくる。
 
直射日光があると暑い。無風(追い風)区間では汗が噴き出しレインウェアの袖とボトムの裾をまくり上げて少しでも放熱し、向かい風区間では風を受けて冷却する。アウターは脱いでしまってもいいくらいだけど、さすがに脱いでしまうと向かい風の区間は寒いだろうな。ふと気がつくと自分の後ろの選手はかなり後方でしかもオリビエの姿はない。4位に10分程度は差を付けれているだろうか。前を行くアンナ・マリーは相変わらず爆走中で追いつくどころか少しずつ差が広がっている。これほどまでに強い選手だとは思わなかった。かなり足がだるくなってきたので5周目に入ったところでペースを落とす。少しペースを緩めて気持ちまで緩んだのかどっと疲労を感じるようになり時々歩いてしまう。
 
相変わらず良く晴れているが遠くに真っ黒い雲が見える。「あの雲が早くこっちに来て天気悪くならないかな」と思う。南極レースは天候が崩れると即レースが中断されて船に引き上げることになるため、今の順位が維持できないほどパワーが落ちてきた場合はレースが中断されてしまったほうが都合がよかったりする。60kmくらいでついに後続に追いつかれる。赤いパンツを履いた長身の白髪の選手。52歳のマイケルだ。軽快な足取りで走っていくのをついて行く気にもならず見送る。胃も気持ち悪くなってきて歩き続けるのがやっとで本格的にやばい。基地がないほうの折り返し地点でついに休憩する判断。スタッフにここで休むと伝え雪の上にごろっと横になる。
 
雪の段差を利用して足を高い位置にしてしばらく横になり血行をリセットすればまたしばらくの間は普通に動けるようになることが経験的にわかっている。それにしても当たり前だが寒い!おちおち寝てもいられないのでどうしようかなーと考えていると佐藤くんがやってきた。日本人2位にいる佐藤くんにもすでに1周差つけているのだが、佐藤くんについて行って少しでも進むしかない。横になっている間に何人かには抜かされたはずで、すでに順位はわからなくなっていたが早くレース終わってくれと祈る気持ちで佐藤くんの背中を見て進み続ける。
 
ベースキャンプに到着し5周目が終わったところでトイレへ行く。気持ち悪さが収まらないので最後の手段。がんばって胃液だけでも吐き出してしまう。少ししか吐けなかったが少しましに動けるようになった。ウルグアイ基地まではゆっくりだが走る。折り返しにいたスタッフをしている近藤さんと「また胃が気持ち悪くなっちゃいましたー」と話をした後また走れなくなった。
 
ベースキャンプを通過し6周目の後半ループ。いよいよ歩くのもつらい感じ。しかし残り時間もあとわずかになっている。20時30分が終了時間になっているが足を止めなければ、20時30分よりも前に6周目を終えられそう。そうしたら7周目に入れるのか?しかし歩くのも厳しくて7周目に入れたとして行けるのか?と葛藤しながら歩く。黙々と足だけを動かし続けてベースキャンプに向かっていくとキャンプからこちらに向かってくる選手がいなくなった。まだ20時30分になっていないがもうストップさせられているのだろうか。20時20分にベースキャンプ到着。何も言われなければ7周目行ってしまえと通り過ぎようとしたらサマンサに「もう終わり」とストップかけられた。良かった!助かった!(笑)フィニッシュのチェックをしてもらいザックの背面につけた周回チェックのパンチカードを見ると1回分がカードの端のほうに穴が空いていてその周回がカウントされていなかった。周回チェックをミスしていると訴えてベースキャンプで手書きで通過時間をチェックしている紙と照合してもらい正しい周回に修正してもらった。
 
日が傾き風も強く寒い。急いで防水バッグからダウンジャケットを引っ張り出して着込む。帰りは準備ができた選手からゾディアックに乗り込んで船へ帰る。レースは20時30分までということだったが、20時30分の時点で半分くらいはすでに船に引き上げているようなので、20時30分までにもう1周できる見込みのある場合に通過させていたのかもしれない。21時ごろ船に到着。ゾディアックから船に上がり周回チェックのパンチカードを回収される。長靴を消毒してブラシでこすってから部屋へ引き上げる。
 
すぐにシャワーで体を温める。バスタブがあると嬉しいのだが船にはそんなものはない。走れなくなってから長い時間歩いていたのですっかり体が冷え切っている。今日の夕食はビュッフェで21時から22時の間に食事ができるがベッドに倒れていたら22時を過ぎてしまった。レストランに行くとわずかに残り物があるだけ。宍戸さんが戻ってきていたが21時30分ごろまでコース上にいたらしい。レストランに置いてあったリンゴを丸ごと1こ持ち帰り佐藤くんにもらったカップラーメンとりんごで夕食にする。ふと基地が近くにあると携帯の電波が入ると聞いたのを思い出しiPhoneの電源を入れると確かに電波が入った。メールで「ステージ1は撃沈した」とtwitterにメッセージを送る。寝る前にウェアを軽く洗っておく。24時ごろ外は夕焼けのような景色になっていた。南極は白夜の季節だがキングジョージ島あたりではまだ太陽はきちんと沈む。
 
 

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