The Last Desert

旅立ち

出発のときはれなっち、飯村さん、山中さんが成田空港まで見送りに来てくれた。飯村さんの車で空港まで送ってもらい16時到着。すぐにチェックインを済ませ荷物を預けてしまう。ダラスでの荷物はピックアップは不要でブエノスアイレスで受け取るとのこと。ダラスの乗り換え時間は4時間程度で、そんなにゆとりがあるわけでもないので少しでもダラスでやることが少ないとありがたい。一方でダラスで荷物の存在確認をしないのは不安でもあるのだが。

うどんとそばのお店で食事しながらGPSロガーのセットアップをおこなうがドライバとアプリケーションを入れてもパソコンがGPSロガーを認識してくれない。これはウシュアイアから南極に向かう過程や現地での正確な場所を後から振り返るためにログを取ってみようという試みだ。うまくできなかったが電源さえ入れればログは取るようなので現地では時々電源を入れてみて帰ってからのお楽しみにしよう。

今回も相変わらずだがレースそのものよりもウシュアイアまで無事にたどり着けるかが最も心配。特にブエノスアイレスで国際線の着くエセイサ空港から国内線のアエロパルケへ空港の移動があるところ。私は英語はほんの少し(観光や買い物などで少し支障あるけれどなんとか用事は済ませられるレベル)しかできないし、アルゼンチンの公用語であるスペイン語はまったくわからない。砂漠レースをおこなう過程でせめて英語はもっとわかるようになりたいと思ってはきたのだが、これまではレースで走る力をつけることを優先にして英語の勉強はしていない。今回のレースが終わったら、もっと自由に旅ができるように勉強したい。

そして今回は初めての1人出国であることが不安を増やしている。今までは同じレースに出場する人と行動を共にすることが多かったが、旅の行程でも毎回自分に課題を与えるようにしていてレースが終わった後は1人で旅をして帰ってきたりなど、少しずつ単独行動を増やしてきた(レベル低くてすみません)。私にとって砂漠レースのチャレンジはレースという意味、旅という意味の2つがあって、このバランスが自分を成長させてくれるとも感じている。レースだけをこなせばよいのなら走ること自体は手馴れたものなので、常に誰かについていってレースだけに集中すれば、もっと緊張感は少ないだろうし、それでは自分の視野も行動も広がらず得られる経験は少ないだろうと思う。

ダラスへのフライトは11時間程度。19時10分発だが飛行機は空港内をうろうろと移動し続けるばかりでなかなか飛ばない。天候が悪く前線通過で雨も強いので飛ぶタイミングを計っているのだろう。約1時間遅れ20時過ぎに離陸した。出発前1週間くらいは睡眠時間少なめだったため良く眠れた。おかげで暇をもてあますこともなくしっかり起きていたのはダラスに到着する前の2~3時間くらい。到着は16時過ぎになる見込みで出発の遅れ1時間がそのまま到着の遅れになった形だ。これによりダラスでの乗り換えは3時間と少し不安が増す。

空港で入国カードを書いていると「ESTAで入国か?ならばカードの記入は必要ない」と言われ、入国審査の一番後ろに並ぶ。入国審査は大混雑していて進み具合をざっと見て少なくとも30分以上はかかりそうだ。途中で日本人の職員が「乗り継ぎ時間が迫っている人いませんかー!」と言いながらまわってきたが入国審査通過見込みは17時30分で次の便の搭乗が19時ごろなので、おそらく迫っているというほどではないだろう。また職員の人に税関申告書をチェックされ、サインのところにアルファベットで記入されているのを「これはあなたのサインではありません。漢字で書いておいてください」と指摘された。

入国審査通過後はすんなりと再度出国して次のフライトの搭乗ゲートまで行けた。ネット接続できたので今のところ順調とメッセージ発信。ここまではどう考えても順調にいって当然なのではあるが。時間通りにブエノスアイレス行きの飛行機は出発し今度は10時間30分の空の旅。3時間前まで11時間も飛行機の乗っていたし睡眠もしっかり取れたので、次は相当暇を持て余すと思ったが時々目を覚ますものの意外と眠れる。ダラスとブエノスアイレスの時差は3時間なのでわりと普通に朝を迎える。チリのサンチャゴの少し北で窓の外が明るくなり飛行機は東へ進路を変えアンデス山脈を越えてブエノスアイレスを目指す。海上では薄い雲で真っ白だったが少しずつ山がせり上がってきて雲の中から頭を出すようになった。少しして完全に山岳地帯になると乾燥しているためか雲もなくなる。